会社の部長さんクラスの幹部によく申し上げる言葉があります。
「視座を高めてください」「社長さんになったつもりで考えてください」

一体視座を高めるとはどういうことなのでしょうか?
私はひとつの例としてこんなことがあるのではないかと考えています。

私が大学を卒業して最初に入ったとある企業でのこと、

配属先の課長代理さんが私に指導してくださったことがあります。
新入社員から見たら課長代理っていうと言われることは疑う余地なく、全て正しい人であるわけです。

「櫻井君な、仕事はキャッチボールなのよ。相手からボールが飛んで来たら素早く投げ返す。とにかく投げ返すことが大事だよ。投げたボールをどう受け止めどう返してくるは相手次第、それは向こうの責任、後は待てばいい。」
ビジネスを何も知らない新入社員である私は、これを格言のように受け止め「とにかく投げ返す、あとは知らん」を日夜実践したわけです。

視座を高めるとは、自部署の部分最適ではなく会社全体もしくは少なくとも事業部門全体の全体最適を考えることと言えます。
高い視座に身を置いているとするなら、ボールを投げても相手からなかなか返ってこない、そのことで顧客の不興を買っても「そんなのうちの問題じゃない」などと考えることはできないはずです。
全体最適のために、自らの管理範囲を逸脱してでも、働きかけをしたり、助言助力したりして、とにかく全体の業績を高める努力をしようとするはずです。

しかし、視座を高めるというのは実際にはなかなか難しいことが多いと感じます。

こういうことを当事者に向かって言うことで彼らの意識が変わり視座が高まると淡い期待を持っている私という1コンサルタントにも大きな責任があります。
「意識を変えろ」と言って変わる意識などこの世には存在しないのだ、と考える必要があります。

管理範囲を限定し、その範囲について責任を厳しく追及する組織運営そのものにも原因があります。
そのような組織運営がマネージャーの視座を低め、低業績を自らのコントロール外にある他部署の責任に帰さしめようとする効果があることは間違いありません。
その意味で、業績管理会計の基本原則である管理可能性基準のすらこのことを助長していることをうかがわせます。

ひとつの組織文化の中で長年にわたって身についた行動様式をそう簡単に変えることはできません。

とにかく組織のあり方と仕組みというハードを変え、徐々に組織の文化を変えていくという根気の必要な作業に取り組むしかなく、王道などというものは存在しないようです。

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