管理可能性・経営者感覚部門別業績管理は、管理会計においては原価管理と並びニーズの高いテーマですが、それは「業績責任会計」として扱われる分野です。

伝統的な業績責任会計、定義づけるとするなら(意外に納得のいく定義が少ない気がします)
「組織の責任者にその権限の範囲に応じて業績責任を負わせ、達成度などを評価することで組織目標達成意欲を高めるとともに、組織として期待するベクトルの方向に管理者の行動を誘導することを目的とした管理会計」
とでもなるでしょうか。

このような業績責任会計においては伝統的に「管理可能性基準」というものがひとつのドグマ(強固な教義)として主張されます。

「管理可能性基準」、即ち「管理者は自らコントロールできる範囲においてのみ責任を問われる」

そうです。ある意味当たり前です。
私自身ずっと言い続けて来ました。

しかし、100%納得していたわけではありません。

そのことを近頃強く思うようになりました。

例えば、工場別独立採算制によって工場長=事業部長に経営者として工場経営をしてもらおうとしているとします。

事業部長はこんなことを言うかもしれません。

・売上は営業の責任なので、売上そのものについては管理外であり、工場としては与えられた仕事を最も効率的に遂行することにこそ責任を負っている。
・売上が予算未達になることで工場損益が悪化してもそれは営業の責任で工場としてはあずかり知らないところである。
・競争が激しかったり、顧客からの値下げ要求が厳しかったりした結果、売価が低下してもそれは工場には関係のないことである。

管理可能性基準からすると当然そうなりますし、気持ちもわからなくはありません。

CMA(米国公認管理会計士)のテキストでもこの管理可能性基準は重要なコンセプトとして語られています。

しかし、本当にそれで良いのだろうか、との思いはあります

部門別業績管理の目的は何だろうか?ということなのです。

もちろん、セグメント別の損益を見ることで課題を明確化して迅速に対応しよう、
とか
管理可能な範囲内で業績責任を追及することで意欲を高めよう
などということも重要ですが、

この制度を導入しようとするトップには、
「単なるマネージャーではなく、経営者としての感覚を持って”経営”をして欲しい。次世代の経営者に育ってもらいたい。」
という思いあるのではないかと思うのです。

例えば、中小の街工場の経営者は、
「仕事が取れないのも、価格が下がるのも環境が悪いんだからしようがない」
と言って手をこまねいている人はいません。
いたとすれば早々にご退場いただいているでしょう。

たとえ、自らのコントロールの及ばない原因による業績悪化であっても、それを何とかして取り返そうとするのは経営者としては当たり前のことです。

さて、そこまで事業部長に求めるのであれば、翻ってトップにもそれなりの覚悟がいるでしょう。

それは、

とことん信頼し、権限を委譲する勇気と我慢し続ける忍耐力です。

上も下も生半可なことでは経営者意識のある人材は育たないということなのだろうと思います。

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